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#6375. Pittsburgh か Pittsburg か --- 地名の綴字論争[ame][borough][spelling][standardisation][onomastics][toponymy][spelling_reform][orthography][gh][academy]

2026-10-10

 「#6371. 少なく見積もって80通りの綴字 --- borough」 ([2026-10-06-1]) や「#6372. 道路標識における Peterborough の省略綴字」 ([2026-10-07-1]) を書きながら思い出した話題の1つに,米国 Pennsylvania 州の都市 Pittsburgh の綴字をめぐるかつての論争がある.この地名の前半部分の Pitt は英国首相を務めた William Pitt (the Elder) にちなんだものだが,問題は後半要素の -burgh である.
 拙訳『スペリングの英語史』の第7章「アメリカ式スペリング」に記述がある通り,米国の地名の綴字には,独立後の19世紀中もかなりの揺れがみられた.この状況を受けて,政府は地名の正書法を確立しようと「地理的名称に関する合衆国委員会」を設立した.当時の地名綴字をめぐる状況は,拙訳より少々長く引用するが,次の通りである(pp. 209--10) .

 政府がスペリングを規制しようとする試みが成功を収めた一領域として,外来語をアメリカ式スペリングへ翻字したということがあった.これは地理的名称の場合には特に急を要することだった.地名においては,元来の形態がしばしば外国語に由来しており,固定したスペリングを採用することが実際的に必要とされたからだ.1890年には当時のベンジャミン・ハリソン大統領が地理的名称に関する合衆国委員会を設立し,その権限により政府官庁のなかでおよび地図類において統一した地名のスペリングを確定しようとした.この委員会の重要な機能は,アメリカ市民にとって発音の適切な案内役となるような地名のスペリングにすることだった.異綴りの問題,とりわけ外国語のスペリング習慣を用いた異綴りについては,ノア・ウェブスターが1803年のスペリング教本の序文で焦点を当てていたが,そこでは Ouisconsin (ウィスコンシン)や Ouabasche (ウォバッシュ)のような地名のフランス語のスペリングを保持することへの異論が唱えられた.

無学のアメリカ人は,このようにフランスの装いをした Ouisconsin や Ouabasche という名前の発音をどうして知りえようか.この発音が, Wisconsin や Waubash だと思うことがありえようか.われわれの市民は知りもしない正書法に,このように悩まされるべきではない.


 1822年の地図で Wisconsin のスペリングが採用され,1845年の決議文ではこのスペリングが正しいと宣言されたものの,地理的名称に関する合衆国委員会が1901年に公刊した報告書でも,ウィスコンシン川について 'Wisconsin; river in Wisconsin (Not Ouisconsin, nor Wiskonsin)' (ウィスコンシン --- ウィスコンシンの川〔Ouisconsin でも Wiskonsinでもない〕)と注記されている.アメリカ先住民の言語からとられた名前もアメリカ化の過程を経て,より慣れたスペリング習慣に従うことになった.たとえば,Unéaukara(ナイアガラ) は現在では Niagara であり,Mauwauwaming (ワイオミング)は Wyoming となった一方で,Machihiganing (ミシガン)は Michigan となった.そのような名前がすべてこのようにアメリカ化したわけではなかった.多くのアメリカ先住民の名前は生き残っており,不注意な人が罠にはまってしまうような豊かで複雑怪奇な子音字の組み合わせを保存している.Tallahassee (タラハシー),Susquehanna (サスケハナ),Mississippi (ミシシッピ),Allegheny (アレゲーニー),Massachusetts (マサチューセッツ)などである.


 このように,委員会の力は必ずしも強くなかったようだ.この辺りの事情は,英語圏において言葉の標準を定めるアカデミーが設立された試しが歴史上ないという事実にも通じており,興味深い.
 そして,問題の Pittsburgh について,続く箇所を引用したい (p. 210) .

同委員会は, 今日のアメリカの地名にいまだ影響力の見られるような他の改革の導入にも功績があった.たとえば,borough (市)という語は boro と省略され,イギリス地名 Marlborough(マールボロ)とアメリカ地名 Marlboro の対比を生み出した.さらなる変化としては, burgh の語末の <h> を落として,Gettysburg(ゲティスバーグ) や Williamsburg(ウィリアムズバーグ) のような名前を生み出しもした.しかし,Pittsburgh (ピッツバーグ)は例外であり,語末の <h> を伴って綴らなければならない.これは,ピッツバーグ市民たちが故郷の町のスペリングを変えるのを拒んだからである.委員会はついに 1911年に態度を軟化させ,伝統的なスペリングを保存することを許可したが,同時にアメリカの地名のなかで最もよく綴り間違えられるスペリングとなってしまった.


 この論争を知ってしまってからというもの,(いなそれ以前から?)私は borough 系の要素をもつ地名を綴る際には常に自信がなくなってしまった.

 ・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.

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