
「旅hel」 (tabihel) シリーズとして,この夏にイングランドは Hertfordshire の St Albans を訪れた際の記録より.目当ては,旧市街の高台にそびえる St Albans Cathedral だ.
St Albans Cathedral の起源は8世紀に遡る.793年,マーシア王 Offa (在位757--96年)が,ブリテン島史上最古の記録されたキリスト教殉教者とされる St Alban を祀るため,この地に大規模なベネディクト会の修道院を創建した.伝承によれば,St Alban はローマ帝国支配下のブリテンで,キリスト教迫害の嵐が吹き荒れるなか,追われる身であった1人の司祭をかくまい,自ら彼の衣をまとって身代わりとなり処刑されたのだという(時期については3世紀末から4世紀初頭ごろとする説が有力).現在の大聖堂は,その後幾度もの増改築を経て今日の姿に至っている.St Albans Cathedral 公式サイトによれば,今なおこの聖人の聖遺物を祀る聖堂として巡礼者を迎え続けているという.
ロンドンから車で1時間ほどという近い距離にありながら,St Albans は古英語の方言区分 (oe_dialect) の上では,見過ごせない意味をもつ地点だ.古英語の方言は伝統的に Northumbrian, Mercian, Kentish, West-Saxon の4つに大別される(「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]) を参照).このうち Northumbrian と Mercian の方言をまとめて Anglian 方言と呼び,Angle 系の人々が築いた王国の言葉とされる.St Albans は,南部からみると Mercia (あるいは Anlglia)の入口の町といえる.ロンドンからほんの1時間ほどドライブしただけで,古英語方言の観点からは Mercia/Anglia の領域に足を踏み入れていることになる.
興味深いことに,この Mercia 方言,そのなかでもとりわけロンドンに近い地域で行なわれていた,中英語方言区分でいうところの東中部方言 (East Midland) こそが,後に威信ある変種として成長し,Standard English の土台となったとされる(「#5972. 現代標準英語の祖先は古英語のマーシア方言」 ([2025-09-02-1]) を参照).
訪れた日は,曇り空から時折日が差し込む天候だったが,大聖堂を包む空気はとても静かだった.Offa 王が Alban の殉教を悼んで築いたこの地が,はるか後の英語標準化の物語にもひそかに関わっていたことを思うと,旅helの味わいもひとしおだ.ロンドンからからほど近いこの町は,ブリテン島におけるキリスト教信仰の記憶を伝えると同時に,地理的・民族的には Saxon から Angle への,そして英語標準化史的には方言から標準語への入口でもあった.
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