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#6363. 標準発音の整備を企図した Thomas Sheridan の辞書(1780年)[sheridan][walker][swift][dublin][tabihel][dicitionary][lexicography][standardisation][prescriptivism][h][ireland][tabihel_dublin]

2026-09-28


Birthplace of Richard Brinsley Sheridan, Dublin --- the Sheridan family home



 ダブリンにゆかりのある文人を取り上げる「旅hel」 (tabihel) のダブリン編のシリーズ.今回訪ねたのは,劇作家 Richard Brinsley Sheridan (1751--1816) の生家とされる建物である.The School for Scandal (1777) の作者として名高い Richard Sheridan だが,英語史上重要なのは,むしろその父,Thomas Sheridan (1719--88) のほうである.この父は,俳優,劇場経営者,そして発音辞書の著者として知られる.今回は,息子ではなく父の Thomas に焦点を当てたい.(上記の建物には,もちろん Thomas も住んでいた.)
 Thomas Sheridan は1719年,ダブリンに生まれた.トリニティカレッジの学生時代に戯曲 The Brave Irishman, or Captain O'Blunder を書き,1743年に Smock Alley Theatre (下掲の写真)で Richard III 役を演じて好評を博すと,俳優としての道を歩み始めた.1744年にはロンドンの Covent Garden にも進出し,Hamlet をはじめとする主要な役を演じている.1747年には,この Smock Alley Theatre の経営者となっている.


Smock Alley Theatre, Dublin, where Thomas Sheridan served as manager



 俳優・劇場経営者としての顔をもつ Thomas Sheridan だが,同時に,正しい発音・話し方の指導者としての顔ももっていた.ここが英語史上重要な点である.British Education (1756) や A Course of Lectures on Elocution (1762) を著し,理想的な発音・雄弁術を説いている.後者では,/h/ の脱落 (h-dropping) を "defect" と呼んで非難した最初期の論者としても知られる(「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]) を参照).舞台の上で明瞭な発音を追求してきた俳優ならではの視点が,後の規範主義的な発音論へとつながっていったと考えられる.
 こうした関心の集大成となったのが,1780年刊行の A General Dictionary of the English Language である.表題には "One main object of which, is, to establish a plain and permanent standard of pronunciation" と明記されており,発音の標準化・規範化を正面から掲げた辞書としては先駆的な試みだった.収録語数は約38,000語.実は,この発音辞書編纂という構想そのものが早くから政界の有力者の目に留まっており,John Stuart, Lord Bute (1762--63年の英国首相)はこの構想に感銘を受け,Sheridan に年額200ポンドの年金を与えている.政治的な後ろ盾を得て実を結んだのが,この1780年の辞書だったのである.
 もっとも,Sheridan の辞書は,後発のライバルに追い抜かれる運命にあった.11年後の1791年,John Walker (1732--1807) が A Critical Pronouncing Dictionary を出版すると,こちらが「正しい発音」の定番として広く普及し,"Elocution Walker" の異名を取るまでになった.収録語数こそ Sheridan の辞書に及ばない36,600語だが,発音記述の緻密さでは Sheridan を大きく凌駕していた(「#1456. John Walker の A Critical Pronouncing Dictionary (1791)」 ([2013-04-22-1]) を参照).Sheridan の辞書は,後の容認発音 (RP) の基盤を築くことになる Walker の辞書の露払いという位置づけに甘んじることになったのである.
 もう1つ触れておきたいのが,Swift との縁について.Thomas Sheridan 自身の父,同名の Thomas Sheridan は Jonathan Swift の無二の親友だった.「#6351. 英語史でも著名な Jonathan Swift --- St Patrick's Cathedral のお墓を訪ねて」 ([2026-09-16-1]) で紹介した Swift その人と Sheridan 一族は,文人の系譜として連なっていたのだ.
 綴字や文法の標準化に比べ,発音の規範化はずっと遅れて18世紀後半にようやく着手された(「#3356. 標準発音の整備は18世紀後半から」 ([2018-07-05-1]) を参照).Samuel Johnson が綴字を,Robert Lowth が文法を整備した18世紀,残された発音という最後の砦に挑んだのが,俳優出身の Thomas Sheridan だったわけである.舞台で明瞭な発音を追求し続けてきた実践家だからこその業績として,英語史上に銘記されるべき存在だ.

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